人間はみな、チョボチョボである

陶芸家バーナード・リーチだ訪れた小鹿田の里のお話

知ったかぶりをやめて見つけた、人生後半の学ぶ喜び

要約

古希を迎えて始めた茶の湯で、「知らないこと」を素直に認める大切さを知った。
小鹿田焼との出会いから、民藝や禅へと興味が広がり、学ぶ喜びが人生後半を豊かにしてくれた。
試験も査定もない、ただ「知りたい」という気持ちに従う自由な学び。
「人間はみな、チョボチョボ」と思えば、背伸びせず人に教えを請うことができる。
知ったかぶりをせず、知らない世界を楽しむことが、今の私の「心の旅」である。

知ったかぶりをやめて見つけた、人生後半の学ぶ喜び

茶の湯のお稽古で、先生からそう声をかけられたことがある。


「小鹿田焼は、大分出身の吉田さんなら、当然ご存じですね?」

正直なところ、私は小鹿田焼(おんたやき)のことを、何も知らなかった。故郷の焼き物なのに、その名前を聞いても語れることがない。少し恥ずかしかった。

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古希を迎える頃、趣味として始めた茶の湯。それまでの人生で、それなりに知識も経験も積んできたつもりだったが、茶室では知らないことばかりだった。

道具の名前も、所作の意味も、掛物に込められた心も、これまでの経験だけではわからない。

しかし、その戸惑いの隣には、不思議なほどのワクワク感があった。

「知らない」を認めたら、世界が広がった

原田マハさんの『リーチ先生』を読み、民藝の世界に触れる。そこから、日本民藝館の創設者・柳宗悦へと関心が広がり、やがて念願だった小鹿田の里を訪ねることができた。

一つの焼き物・小鹿田焼を知ろうとしたことが、本との出会いを生み、人の生き方への関心につながり、故郷を訪ねる旅にまでなったのである。

あのお稽古の日に、曖昧にうなずいて終わらせていたら、こうした出会いはなかったかもしれない。この様なワクワク感を高めていただいた動機には、お稽古仲間の影響が大であったのも事実です。

知らないことは、恥ではない。むしろ、新しい楽しみに出会う入口なのだ。

古希を迎えてから、そのことを実感するとは思ってもいなかった。

試験も査定もない、自由な学び

小鹿田の里に念願かなんって訪れた。

人生の後半をどう過ごすか。そんなことを考える機会が増えた。

仕事のために知識や技術を身につける学び直しもある。しかし、今の私が夢中になっているのは、何かの役に立つかどうかを、ひとまず脇に置いた学びである。

試験もなければ、査定もない。資格を取る必要も、誰かより詳しくなる必要もない。

ただ、知りたいから本を開く。心が動いたから、その場所へ足を運ぶ。わからないことがあれば、教えを請う。

興味の向くままに学んでいると、一つの疑問から、また次の疑問が生まれてくる。知れば知るほど、知らないことが増えていく。それが少しも苦にならず、むしろ楽しい。

若い頃には、何かを身につけ、成果につなげることを求めていた。今は、学んでいる時間そのものに喜びがある。

人生の後半になって、こんなにも自由な楽しみが待っていたのである。

「チョボチョボ」と思えば、肩の力が抜ける

「人間はみな、チョボチョボである」

私はこの言葉を、人の努力や能力を小さく見る言葉ではなく、背伸びをせずに生きるための言葉として受け止めている。

どれほど経験を重ねても、一人の人間が知っていることには限りがある。ある分野に詳しい人も、別の世界に入れば初心者になる。私にとって、茶の湯はまさにそういう世界だった。

学歴や肩書きがあっても、知らないことは知らない。年齢を重ねたからといって、何でもわかるようになるわけではない。

そう思えば、自分を大きく見せる必要もなくなる。

「それは知りませんでした」
「もう少し、教えていただけますか」

そんな言葉を、いくつになっても素直に口にできる自分でありたい。知識の多さを競うよりも、人の話に耳を傾け、新しいことに心を動かせるほうが、今の私にはずっと楽しい。

自分と向き合う「心の旅」

茶の湯のお稽古から禅の心、民藝、工藝の世界へと興味が広がった。

茶の湯から禅の心へ。意識や無意識の働きから、「自分とは何か」という問いへ。

関心は少しずつ広がり、私の「心の旅」は、今も続いている。

学んだからといって、すぐに答えが出るわけではない。むしろ、簡単には答えられない問いが増えた。それでも、本を読み、お茶を点て、静かに自分と向き合う時間が、日々を豊かにしてくれている。

誰かと比べて、自分の位置を確かめるのではない。自分は何に心を動かされ、何を大切にして生きたいのか。そのことを、ゆっくりと確かめていく。

人生の後半には、こういう過ごし方もあるのだと思う。

知っている自分を取り繕うより、知らない世界を楽しめる自分でいたい。

まだ知らないことがある。まだ心を動かされる出会いがある。そのことが、今日を精いっぱい生きる楽しみになっている。

明日は、どんな「知らない」に出会えるだろうか。

そう思える今を、私はありがたく感じている。

宗茂より

胡蝶蘭のソーリ/団塊世代吉田茂

吉田茂は、株式会社オーキッドプレミアムの代表取締役で、法人向け胡蝶蘭の専門家「胡蝶蘭のソーリ」として活動しています。茶道では宗名「宗茂」を持ち、「団塊世代 吉田茂」ブログを執筆しています。
https://sori-yoshida.com/