別府・血の池地獄の赤い泥が、一碗の抹茶茶碗になった。
その話を聞いただけで、私の心は大分の大地へと引き戻された。幼少のころから慣れ親しんできた別府温泉。その中でも、血の池地獄は強烈な印象を残す場所である。赤く染まった池、地熱の匂い、火山の力。その大地の記憶が、茶碗の肌となって目の前に現れたのである。
小鹿田の里の麓で、小鹿田焼のアートギャラリー「鹿鳴庵」を営んでいる佐藤哲也さんから、展示販売会の案内状をいただいた。場所は表参道にある「きものやまと」店。会場には小鹿田焼の作品が並び、その中でもひときわ目を引いたのが、昨年、2025年の「日本民藝館長賞」を受賞した陶工・坂本拓磨さんの抹茶茶碗であった。
血の池地獄の泥を釉薬に

今回の展示会の目玉は、坂本拓磨さんが制作した意欲的な抹茶茶碗である。
本来、別府温泉の名勝地である血の池地獄の土や泥を持ち出すことは禁止されている。しかし今回は、釉薬の研究目的として、池の管理の過程で廃棄される泥を特別に譲り受けたとのことである。
その泥を釉薬として使った抹茶茶碗が、陳列棚の中で静かに存在感を放っていた。
表面は黒褐色で、全体に細かなぶつぶつと縮れが浮かび上がっている。なめらかな美しさではない。むしろ、大地がひび割れながら呼吸しているような表情である。
まるで火山岩の肌、あるいは冷え固まった溶岩の表面を見ているようだった。そこには、別府の地熱、火山、温泉のエネルギーが、そのまま茶碗の肌になったような迫力があった。
「これはいいな」!
そう思った瞬間、私の中に、手元に置いてみたいという衝動が生まれた。

梅花皮(かいらぎ)という茶碗の景色
この茶碗の表面に現れているぶつぶつや縮れは、失敗ではない。
茶の湯の世界では、こうした釉薬の縮れを「梅花皮」と書いて「かいらぎ」と呼ぶ。焼成中に釉薬が素地から離れ、縮れて粒状になる現象である。本来は「釉ちぢれ」や「釉はげ」として、失敗と見なされることもある。
しかし、茶人たちはそこに独特の味わいを見出した。
凹凸、ざらつき、偶然に生まれた不均一な表情。それらを茶碗の「景色」として楽しんできたのである。
「梅花皮」という言葉は、刀剣の柄に巻かれるエイの皮の文様が、研磨すると梅の花のように見えることに由来するといわれている。茶碗の肌に現れた粒状の縮れが、梅の花の皮のように見えることから、その名が重ねられたのだろう。
坂本拓磨さんの茶碗では、血の池地獄の泥が完全には溶けきらず、釉薬として独特の縮れを生み出していた。その表情が、梅花皮として茶碗の大きな見どころになっていた。
なぜ血の池地獄の泥だったのか
なぜ、血の池地獄の泥を釉薬に使ったのか。
その理由が知りたくなり、鹿鳴庵のオーナー佐藤哲也さんを通じて、坂本拓磨さんの制作意図を伺った。
血の池地獄の泥は耐火温度が高く、釉薬として使うと、梅花皮のような現象が現れやすいという。つまり、あの赤い泥は、単に珍しい素材として使われたのではない。
土の性質そのものが、茶碗の表情を生み出していたのである。
陶工の技と、土の性質と、炎の力。
その三つが重なり合い、一碗の景色となって現れた。
茶碗の表面には、別府温泉の大地、火山の力、窯の炎、そして陶工の挑戦が凝縮されていた。
私はこの茶碗を眺めながら、「別府の大地の歴史が、一碗に宿っている」と感じた。
侘び寂びと梅花皮
ここからが、茶の湯の世界の面白いところである。
なぜ、このぶつぶつとした梅花皮が、茶人たちに愛されてきたのか。そこには、日本の美意識である「侘び寂び」の心が深く関わっている。
侘び寂びとは、完璧なものや華やかなものだけに美を求めるのではなく、不完全なもの、古びたもの、静かなものの中に、しみじみとした美しさを見出す心である。
梅花皮は、まさにその象徴のような存在である。
釉薬が思い通りになめらかに溶けるのではなく、縮れ、割れ、粒となって残る。そこには、陶工の計算だけでは生まれない偶然がある。火の中で生まれた自然の働きが、そのまま茶碗の景色となる。
茶人たちは、その偶然の中に美を見た。
また、梅花皮のある茶碗は、使い込むほどに表情を変えていく。凹凸の隙間に少しずつ茶がなじみ、色合いが深まり、持ち主とともに時を重ねていく。これを「茶碗を育てる」ともいう。
茶碗は、買った瞬間に完成するのではない。
使い、触れ、眺め、一服を重ねることで、少しずつ自分の茶碗になっていく。その時間の積み重ねこそが、「寂び」の心に通じているように思う。
井戸茶碗と茶人たちのまなざし
茶の湯の世界で名高い茶碗に、朝鮮半島から渡ってきた「井戸茶碗」がある。その高台まわりには、美しい梅花皮が現れているものが多いとされる。
戦国の武将や茶人たちは、その素朴で堂々とした姿に心を奪われた。整いすぎていない。飾りすぎていない。けれど、そこには深い気品がある。
村田珠光、武野紹鴎、千利休へと受け継がれていく侘び茶の流れの中で、不完全なものに美を見出す感性は、さらに深められていった。

余談になるが、民藝運動の父である柳宗悦もまた、無名の職人が作った日常の器の中に、深い美を見出した人物である。名を誇るのではなく、土と火と手仕事の中から自然に立ち上がる美。その精神は、小鹿田焼の魅力にも通じている。
今回の坂本拓磨さんの抹茶茶碗にも、梅花皮の表情を見せてる高麗茶碗、その民藝の精神が息づいているように感じられた。
血の池地獄の茶碗で一服をいただく
後日、この血の池地獄の泥を釉薬に使った梅花皮の抹茶茶碗で、ゆっくりと抹茶をいただいてみた。

茶碗を両手で包むと、梅花皮の小さな凹凸が指先に触れた。ざらりとした感触の奥に、別府の大地の熱、火山の記憶、そして陶工の挑戦魂が宿っているように思えた。
抹茶の緑と、黒褐色の茶碗の肌。
その対比が美しかった。
一服をいただきながら、私は大分の大地を思った。幼いころに訪れた血の池地獄の風景。温泉の湯気。赤い泥。火山の力。そして、その泥がいま、茶碗となって私の手の中にある。
なんとも豊かな時間であった。
この茶碗は、ただ抹茶を飲むための器ではない。
別府の大地の記憶を抱き、陶工の創作意欲をまとい、茶の湯の侘び寂びを静かに語る一碗である。
いつか茶事の席で、この茶碗を使ってみたい。
そのとき、客人とともに、血の池地獄の泥から生まれたこの「一碗の景色」を味わうことができれば、これほど嬉しいことはない。
宗茂より












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