一枚の絵画から宮沢賢治の真髄を発見した!

我が家に一枚の小さな額に入った絵がある。親しい方からの贈り物であり、誰の作品が分からず数年を過ごしてきた。ある時、その絵が私に語りかけてきた。「もっと私のことを知って」と・・・

そんなある日、贈っていただいた方と連絡がとれ、その絵は、挿絵作家で、宮沢賢治の童話の挿絵に情熱を注いでいる田原田鶴子さんの絵あることが分かった。

宮沢賢治の童話、幼い時に教科書で「雨ニモマケズ」の詩を口ずさんた記憶があり、「銀河鉄道の夜 」の童話も詳しい内容も忘れ去っていた。一枚の絵が語りかけてきた「その言葉の意味は何か?」を求め、私の「心の旅」が始まった。

この絵が語りかけてくるもの

 

夕焼けの広がる牧歌的な風景の中、自転車乗って丘を越えていく詩情あふれる風景。右上には煙を上げる家と糸杉のような木々、左にも並木が見え、空のグラデ―ションが美しい。まさに宮沢賢治が自身の心象世界に抱いた理想郷・イーハトーブの世界に繋がる。

 

じっと眺めていると、宮沢賢治の童話の挿絵に情熱を注いでいる田原田鶴子さんは、きっと、この絵を童話の挿絵として描いているのでは考えた。

宮沢賢治のことを知る
宮沢賢治のことを知りたくて「集中講義 宮沢賢治 NHK100分de名著」山下聖美著で学ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田原田鶴子さんの宮沢賢治の童話で「挿絵の絵本」を探してみた。
「チュウリップの幻想」、「やまなし」、「風の又三郎」そして「銀河鉄道の夜」。これらの童話の中に挿絵として挿入されてる可能性のある童話は、先ず「風の又三郎」と考えた。

早速、童話「風の又三郎」を手に入れ、挿絵を探した。

ある秋の日、山間のがっこうに転校してきた少年「高田三郎」。風の強い日に現れたその少年は、「どっどと どどうど どどうど どどう・・」と風の音ともにやってきて、風の精霊「風の又三郎」ではないかと、周囲の子どもたちに噂されます。

(「風の又三郎」宮沢賢治著・絵:田原田鶴子)

挿絵は「風の又三郎」の中には発見できなかったが、
夕暮れの風に乗って、三郎が丘を越えていく・・・
そこには言葉にならない何かが流れていた。
自然と風と心が一つになった一瞬を田原田鶴子さんは静かに描いている。

いよいよ本丸に迫り、挿絵は「銀河鉄道の夜」」にそんざいしていたのか?

未完の大作「銀河鉄道の夜」に挿絵はあったか?
未完の大作「銀河鉄道の夜」には、挿絵として描かれていると願って、招き入れた。

(「銀河鉄道の夜」宮沢賢治著 挿絵:田原田鶴子)

「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治の人生と感性の集大成であり最高傑作だと前述の山下聖美に教えられた。きっと探している挿絵は、「銀河鉄道の夜」にあるだろうと、童話を読み込んでいった。

何処にも挿絵はなかった。

何度も読み返していくと見えない世界が見えてきた。

ほんとうの幸せ(みえない世界)
この物語「銀河鉄道の夜」には、誰もが体験せざるを得ない死別の問題が、絵に画れてます。
宮沢賢治は、最愛の妹のトシが亡くなって思う気持ちと「みんなの幸せ」を願う気持ちは相反するものではないか、という葛藤を抱き続けます。

この物語のクライマックスで、主人公ジョバン二は、友人カンパネルラに語り掛けるシーンがある。

ああ、きっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんときれいなんだろう。みんな集まっているねえ。
あすこが本当の天上なんだ。あっあすこにいるの、ぼくのお母さんだよ」カンパネルラは、俄かに窓の遠くに見える奇麗な野原を指して叫びました。
ジョバンニをそっちを見ましたけれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカンパネルラが云ったように思われませんでした。

カンパネルラには見えて、ジョパン二には見えない世界があることです。

「ほんとうの幸せ」は、物質的な豊かさや一時的な快楽ではなく、他者のために生きること、そしてその中で自分の魂が澄んでいくことにあるようです。
• カンパネルラは、自己を超えて他者のために犠牲になることを選びました。
• その結果、彼は「ほんとうの幸せ」を悟り、母とともに天上にいる存在として描かれます。
• 一方、ジョバンニはまだ現実の世界にいて、苦しみや孤独の中で「ほんとうの幸せ」を探している途上にあります。
この対比は、内なる自分と対話して、自我という表層意識が薄れて、悟りの境地へむかうカンパネルラには「天上の世界」が見えてくる。
一方自我の表層意識のままにとどまっているジェバンニには、天上の世界は、目に見えない。

 

この描写にシーンは、私の「内なる自分と対話する」という「心の旅」に相通じるものを感じます。

 

探し求めた挿絵は、カンパネルラが見た「天上」の風景であった!

理由と解釈

①夕暮れの広い野原と一本道。『銀河鉄道の夜』の終盤、ジョパンニとカンパネルラが「ほんとうの天    上」を進む情景とかさなる。

②自転車に乗る人物 物語では列車の旅ですが、挿絵作家の田原田鶴子さんは、象徴的に「自転車の旅」に置き換えて描いている。

③遠くの家と煙 カムパレルラが指さす「あそこが、ほんとうの天上なんだ。あそこにいるのは、ぼくのお母さんだよ」という場面を象徴しているように見えます。

以上、一枚の挿絵を賢治の心の世界、目にみえない世界に視点を置くと見えてきた!
 
一枚の絵画から宮沢賢治の真髄を発見した!
我が家にある一枚の小さな額に入った絵は、宮沢賢治の童話の挿絵としては、描かれていなかった。

しかし、「銀河鉄道の夜」で、賢治は、愛する妹・トシとの死別をどう乗り越えるか、「ほんとうの幸いとは何か」への問いかけは、「法華経」の「真理を探究」の姿がそこにあった。

ジョバンニが「銀河鉄道の旅を通じて、自分の心の奥にある問と向き合っている姿から、私の趣味で始めた茶道は、禅の心と相通じるところがあり、ジョバンニの精神性と重なった。

改めて日々の静かな時間の中で、「ほんとうの幸とは何か」を問い続けていきたい。

 

一枚の挿絵は、宮沢賢治の童話の世界へ、そこに流れる「ほんとうの幸いを生きる」ことの大切さを教えてくれました。贈ってくれた方に感謝です。